糖質制限の普及率がまだ低い高知県で、糖質制限の指導と啓蒙に尽力している医師がいる。
土佐市にある杏クリニック 山本拓院長だ。「新しいもの好きで、今までの常識が本当かと疑問を抱き、まず自分で研究、実践、確証を得たら、他人に勧める」という糖質制限パイオニア江部康二先生、湿潤療法パイオニア夏井睦先生のような 2割の前向きな医師の一人だ。
常識をくつがえした湿潤療法と糖質制限との出会い
もともと外科医であった山本先生が、内科医として糖質制限を学び経験を積むことになるきっかけは、13年前、勤務医時代に知った湿潤療法だった。
「傷を消毒せず、潤った状態にすると早く治り、痛くない」という湿潤療法は、「傷を消毒してガーゼでおおう(乾燥する状態)」という今までの治療方法とはまったく異なる。外科、整形外科、脳外科の医師達の反発をよそに、山本先生は、一外科医として、湿潤療法を始め、その効果に確証を得た。
その当時から毎日チェックしている湿潤療法のパイオニア夏井睦医師のウェブサイト新しい創傷療法に、平成23年11月突然、糖質制限のことが掲載されるようになった。最初は余り気に留めていなかったが、血糖値を上げるのは糖質であり、カロリーではない。という理論はすんなり受け入れられたので、その効果を自分の身で確かめようと、平成24年2月からスーパー糖質制限 をはじめた。
太る原因は脂質ではなく、糖質だ!
さて、少し本題から逸れるが、皆さんは「こってりの脂はそのままおなかにつく」など思っていないだろうか。CMなどの影響によるイメージもあるが、実は、太る原因は脂質ではなく、糖質!だ。
山本先生がハイブリッド・カーを喩えにそのメカニズムを説明して下さった。
ハイブリッドカー(人)が、ガソリンと電気で走るように、人が生きていくためには、2つのエネルギーを燃焼させる方法(代謝)があります。
一つは、糖質=ブドウ糖(ガソリン)を燃焼しグルコース・エネルギーをつくる「糖質代謝」車がスタートする時に、ガソリンを燃焼し瞬発的に動き出すように、人が短時間にエネルギーを要する場合に利用するエネルギーです。
もう一つは、脂質=ケトン体(電気)を燃焼しケトン体エネルギーをつくる「ケトン体代謝」こちらは、車が電気で走るように、持続できるエネルギーです。
糖質づけの食生活
糖質づけの食生活では、体は「糖質代謝」がメインとなります。アスリートのように多量なエネルギーを一気に利用(燃焼)していない一般人は、当然、エネルギーが余ります。その余った糖質=グルコースは、太るホルモンといわれるインスリン作用で中性脂肪として蓄えられます。つまり、これが太る原因です。
糖質を控える食生活
一方、糖質を控え、脂質を多く摂ると、体が「ケトン体代謝」に変わります。「ケトン体代謝」は、電気自動車で走り続けるように、脂質が燃え続ける状態です。体内の中性脂肪が燃える=エネルギーとして中性脂肪を利用するので痩せるのです。さらに脂質を多く摂ることで、ケトン体エネルギーが作用して、爽快に疲れ知らずの体になります。
糖質制限食と脂質摂取による「ケトン体代謝」の体づくり
山本先生は、この「ケトン体代謝」の体づくりを心がけている。そこで糖質制限+脂質を多く摂る食生活を伺った。
- バター、 中鎖脂肪酸 のココナツオイル、MCTオイルをたくさん摂る。ケトン体エネルギーを増やしたい時は、バターだけを食べることも、MCTオイルを入れたコーヒーを飲むこともある。
- 糖質の多いごはん、普通の麺とパンは一切食べない。麺、パン、たまに食べるスィーツはすべて低糖の代替品を利用している。
- 低糖パンにハムやソーセージはさみ、マヨネーズをつけて食べる。
- ローソン・セレクトの魚、肉の惣菜、雪印の三角チーズをよく食べる。※味つけ品は糖質量をチェック!
- 無塩のミックスナッツやクルミをつまむ。
昨年までは1日1、2食としていたが、最近は3食ということで、その糖質制限メニューを伺った。
- 朝食 低糖パン、ハムやソーセージ、卵、コーヒー
- 昼食 家から持参する弁当。前夜夕食に出た残りの肉、葉もの野菜(レタスなど)、卵など。冬にはおでん(卵、こんにゃく、厚揚げ、牛すじなど)を食べるときもある。
- 夕食 肉、魚介の刺身、豆腐、葉もの野菜など。焼酎、糖質ゼロの発泡酒を飲む。
帰宅が遅いので夕食は21:30~22:00頃になるが、ごはんを食べないので胃腸関係の不調は当然ない。意外かもしれないが、肉類は消化がよく、逆にごはんは2時間位胃に滞留する。
糖質制限実践3ヶ月でいろいろな効果を実感
1日1、2食とし、スーパー糖質制限をはじめ3ヶ月で、165cm、65kg→52kgまで減量に成功した。ウエストも79cm→73cmになった。1日3食になった今の体重は55kg。スリムな体型を維持していらっしゃる。体力作りのため筋トレも始めたそうだ。
血中のケトン体は、糖質制限をはじめ半年後に、187-300μmolに、完全に「ケトン体代謝」の体質になったそうで、現在のケトン体値は1500-4000μmolになることもある。
痩せただけでなく、糖質制限を実践した人達が一様に語るいろいろな効果も実感している。
- 風邪を引かなくなった。
- 食後の眠気が無くなった。
- 飲酒後眠くなっていたのが無くなった。
体の効果だけでなく、今まで興味のなかった事に視野が向くようになった。
- 料理の素材を学び始めた。
- 専門ではなかった糖尿病を、糖質制限という新しい観点(教科書には書いていない)から勉強を始めそれに伴い、疑問や知識を得るために基礎の生化学、生物学を再度学んでいる。
糖質制限によるケトン体上昇と糖尿病の悪化によるケトン体上昇のちがい
普通に糖質を摂っている人のケトン体の値は、だいたい26~122μmol/ℓで、通常の血液検査ではケトン体基準値が85μmol以下とされる。
山本先生のようにスーパー糖質制限を始めるとケトン体が上昇する。この上昇を「ケトンアシドーシスの危険がある」と警告する医師がいるが、糖質制限によるケトン体上昇と、糖尿病の悪化によるケトン体上昇とは異なる。
日常生活で、心筋、骨格筋、腎臓などのさまざまな臓器で利用されるエネルギー源であるケトン体は、空腹時や断食時に活性化して上昇する。この生理的なケトン体上昇は、糖質制限食でも「ケトン体代謝」が活性化するので起こる。しかし、インスリンが作用しているので血糖コントロールが良好なため高血糖にはならない。
つまり、山本先生のようにケトン体が1500-4000μmolになっても、生理的なケトン体上昇なので正常値であり安全な状態だ。
一方、糖尿病が悪化して、糖尿病性ケトアシドーシスになる場合は、インスリン作用欠乏による代謝異常の結果としてケトン体が上昇する。インスリンが作用していないので非常な高血糖になってしまい、危険な状態だ。
糖質制限によるケトン体上昇は安全なので、病理的ケトン体上昇と混同しないで頂きたい。
糖尿病の食事療法:糖質制限食とカロリー制限のちがい
糖質制限による治療は、勤務している病院では難しく、平成25年9月開業を機に、糖尿病治療に外来で積極的に糖質制限を推奨できるようになった。現在、糖尿病の専門医がしない糖質制限食による指導を行っている。
糖尿病患者だけでなく、メタボリックシンドローム、他の病気で受診して際にたまたま検査に引っかかった患者に、まず糖質制限とカロリー制限の違いを理解してもらい、その効果と注意点を説明する。
従来の糖尿病食事療法(カロリー制限)
血糖値を上げるのが糖質だけ!なのだが、カロリー制限を重視した糖質中心「糖質55~60%、脂質20~25%、タンパク質20%」の食事療法だ。当然、食後の血糖値は抑えるどころか上がるので、血糖値を下げる薬や注射により血糖値をコントロールしている。矛盾した治療法だ。
スーパー糖質制限
一方、糖尿病患者向きのスーパー糖質制限は「糖質約12%、脂質約56%、タンパク質約32%」と、糖質をグンと控えるので、血糖値コントロールだけでなく、減量などの効果も抜群だ。
糖質制限による指導と治療
血糖降下剤(特にSU剤)使用の糖尿病患者には、糖質制限食の実践と数値をチェックしながら、徐々に薬を減らす。インスリン使用の患者には、糖質量により追加インスリンを調整し、可能な限りトータル量を少なくするように指導している。
薬を出した方が、クリニックの経営にはメリットがあるはずだが、糖質制限により血糖値コントロールできる方法を推奨しているのが「2割の前向きな医師」らしい。
糖質制限実践のやる気を持続してもらいたいので、改善している数値を見せながら診察する。希望者には血中ケトン体を測定して脂肪燃焼を確認してもらっている。
また、InBodyという体組成計を用いて筋肉量、体脂肪、不意分量を定期的に測定もする。体脂肪の減少だけでなく、筋肉量が落ちないよう、高齢者でもたんぱく質不足の食事にならないよう指導している。
院内では、食品別糖質量ハンドブック(江部康二監修)、糖質ゼロ麺、低糖大豆パン、低糖アイスクリーム、糖質ゼロ甘味料ラカント、ココナッツオイルなどを販売し、糖質制限を実施している患者さんに喜ばれている。
また自己血糖測定器は市販よりかなりリーズナブルな価格で提供している。
こうして、糖尿病患者に実施する教育入院をすることなく、外来治療と糖質制限だけで、多くの患者がHbA1c 5%台になってくる。減量効果も大きく、30kg以上減量に成功した女性患者などもいる。
「糖尿病がよくなる」との評判を聞き、愛媛県、徳島県、高知県の遠方から来院される患者も増えている。しかし、糖質制限に興味のない患者は次に来院しない。また、すでに他院でカロリー制限による治療を行っている患者さんほど、今までの常識を捨てることは難しいそうだ。
「頑張って話してもまったく空振りに終わる事も多々あります(その時はがっくりきます・・)」と苦笑する山本先生だが、高知でも少しずつ糖質制限を理解してくれる人が増えてきたそうだ。
山本先生からのアドバイス
- 糖尿病の食事療法向きのスーパー糖質制限の糖質量は、1食10g~20gですが「糖質量をその量まで控える」「絶対この食品を食べなければいけない」「糖質を食べてはいけない」などと、強迫観念で糖質制限を続けないで下さい。
- 糖質摂取0gに近い人からゆるい糖質制限の人もいます。それぞれ自分にあった方法を実践して下さい。
- 高知は低糖ふすまパンを販売しているLawsonが多く、気軽に買えるのでありがたいのですが、Lawsonの低糖ふすまパンや菓子は、マーガリンやショートニングなどを使用しているものもあり、原材料をチェックしてパンを選んで下さい。
院長 山本 拓
内科医(元外科医)
高知県出身
昭和62年 杏林大学医学部 卒
平成25年9月 杏クリニック開業
ホームページ:杏クリニック
※ 山本先生は、糖質制限に関する記事を高知新聞(月1回、第3水曜日版)に掲載している。
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